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息子とつかんだ「全社1位」の成績 #九州大陸
2018/06/26UPDATE!

息子とつかんだ「全社1位」の成績 #九州大陸

naoshi_itagaki
元CMプランナー、現コピーライター。 愛媛出身、福岡育ち、大学は仙台と全国に故郷を持つ放浪人。 競馬が好きで、時々身の危険を感じるくらい金を使う。

福岡のコピーライター、板垣です。

第3回を迎えました、『九州大陸』(情熱◯陸ならぬ)。

これは、福岡オフィスでその月の「MVP」に輝いた人物に、成功の秘訣を聞くインタビュー。

エン・ジャパンのいちばん端っこ、“福岡オフィス”で起こっていることを日本中のみなさまに発信していこうというプロジェクトでもあります。

前回は、異動2ヶ月というスピードでMVP特別賞に輝いた、ディレクターの池谷を紹介しました。

 

第3回の今回は、「2018年5月度 MVP」を受賞したコンサルタント・下永田の素顔に迫ります。

1児の母として家庭と両立させながら、人材紹介事業部において何と“全社1位”の成績を記録。

しかも残業時間は、月20時間にも満たないという、高い生産性も発揮しています。

「いつか福岡から全社1位を輩出したかった」と話していた彼女が、いかに夢を叶えたか。その半生を語ります。(ボリュームのある内容になっております!ぜひコーヒー片手に、ゆったりお読みくださいませ)

 

<プロフィール>

下永田 さやか

2016年3月入社。福岡県福岡市出身、生粋の博多っ子。大学を卒業後、海上自衛隊、生命保険の営業……と実にさまざまな仕事を経験。その後、出産とさらなる転職を経て、エン・ジャパンに入社した。4歳の息子が描いてくれた、お母さんの絵が宝物。

 

|「マジメな頑張り屋さん」だった、子ども時代。

――営業としてバリバリ活躍されている下永田さん。小さい頃は、どんな子どもでしたか?

今もそうなのですが、すごく「マジメ」な子どもだったと思います。学校では学級委員長を務めて、家では自分で家事までやっちゃうような子どもでした。ウチは、母が美容師で、父が設計士。共働きだったので、両親がバリバリ仕事をしているのを見て、「自分も頑張らなきゃ」って思っていたんでしょうね。

――小さい頃から、今の面影はあったんですね。ちなみに大学生活はどうでしたか?

大学では遊びまくるでも、勉強しまくる……でもなく、ひたすらバイトに明け暮れていました。塾の講師と、家庭教師、洋菓子店の販売員さん、コールセンター、法律事務所。いろんなバイトを掛け持ちして、月30万円くらい稼いでいました。月200時間は働いていたんじゃないですかね(笑)とにかく当時は、「早く社会に出て働きたい」ってウズウズしていました。

 

|“運命の会社”との出会いが待っていた。

――「働くこと」が好きだったんですね。就職活動では、どんな仕事を選ばれたんですか?

当時は、とにかく安定した仕事がしたくて、公務員になることしか考えていませんでした(笑)実はある省庁からも内定をいただいていたんです。でも、「もっと面白いことできないのかな…」という不安がふと頭をよぎりました。せっかくなら、今しかできない変わった仕事がしたいなと。そこで選んだのが、「海上自衛隊」でした。

 

――だいぶ変化球ですね(笑)しかも、陸上自衛隊ではなく、海上自衛隊だったんですね。

陸上自衛隊は、カエルが嫌いだったからNG(笑)昔から「沈黙の艦隊」が好きで、マリンブルーに憧れていたこともあり、海上自衛隊に決めました。

 

――そして、その後は営業に転職されたと聞きました。

退職後は正直、当時「営業職」しか挑戦できそうなものがなく、ある保険会社に就職しました。私にとって、これが本当に運命の会社で。理念がしっかりしていて、どの人も「社会の役に立ちたい」「人の力になりたい」と思って働いていたんですよね。決して綺麗事じゃなく、です。しかも、頑張った分だけ認めてくれる会社だったので、月収が普通の人の年収を超えたときもありました。社会的に正しいことをして収入もついてくるんだから、本当に幸せな時間でしたね。正直、365日間働いていても、苦になりませんでした。

 

――エン・ジャパンの環境とも似ているかもしれませんね。ただ、その後再び転職を?

頑張りすぎて、限界を感じちゃって。激務で体調も崩し、ほしいと思っていた子どもを産むのは難しい状況でした。一生に一度の人生、どうしても子どもがほしいと考え、熟考したのち退職しました。その後、不妊治療を経て、息子を出産しました。

|出産を経て痛感した、「働くこと」の楽しさ。

――お子様を産んだ瞬間から、また復帰先を探されていたんですよね。

やっぱり私、とにかく働くのが好きなんだと思います(笑)子どもを産んだ瞬間(分娩台の上)から、「とにかく働きたい!」とウズウズしていましたね。

 

――やっぱり営業を選んだんでしょうか?

そうですね。それしかできない、というのが正しいかもしれません。企業や人が抱えている悩みを解決し、喜ばれる素晴らしい仕事だと思います。あと、一日中家にいて「完璧に家事をする」ことも、向いていないのかもしれませんね。

 

――そして、エン・ジャパンに出会ったわけですね。

以前お世話になっていた保険会社に似て、「理念が浸透していて社員が同じ方向を向いている会社」、というのを軸に転職活動しました。結果として、エン・ジャパンに出会いました。私が今いるエン・エージェントを通じて理念などをじっくり聞かせてもらい、「ここしかない」と思いましたね。社会正義性に共感し、他社の選考は受けずに入社しました。

 

|継続してきたからこそ、実現できたこと。

――そして今回、見事「売上全社1位」を記録し、福岡のMVPにも輝きました。

ありがとうございます。福岡って、人材紹介事業部の中でも珍しく、企業と求職者の双方を担当する組織なんですよ。これまでは業務面も多く、苦労することもありました。ただ、組織で一丸となり、「福岡の企業の役に立ちたい」と行動したことが、結果として全社1位の成績につながったのだと思います。企業と求職者、両者の幸せに向き合ってきた努力が、報われた瞬間でしたね。今まで福岡マーケットに携わってこられた先輩方に感謝です。

 

――「残業が月19時間」という、高い生産性も評価されていましたね。何か秘訣はありますか?

もちろん、「デキる営業マン」は計画的にタスクをこなします。ただ、子どもがいるとそううまくはいきません。子どもの病気など、自分ではコントロールできない部分で予定がズレてしまいますから。なので、私にできることは、「とにかく目の前に来た球を打ち返すこと」。あえて計画を立てないことで、「計画通りに仕事を進められない」ストレスから解放されたのだと思っています。

 

――今後のキャリアで挑戦したいことはありますか?

メンバーの育成に深く携わりたいですね。というのも、実は同じ組織の中に、ずっと成果が出なくて悩んでいるメンバーがいました。ですが、彼は地道に努力し、安定的に成績を出せるようになったんです。「人ってこんな風に変われるんだ」と驚き、同時に自分が人の成長を支えられたら幸せだろうな、と感じたんですよね。弊社が掲げる「人間成長」を肌で感じました。

――最後の質問なのですが、下永田さんにとって「仕事」とは何でしょうか?

ひと言で言えば、「人生の半分」ですね。これまでずっと「働くこと=生きること」だと思ってきましたから、今後もきっと仕事が人生そのものになると思います。今4歳になる息子にも、しっかり目標を持って「いちばんになりたい」と頑張れる人になってほしいです。そのために、何歳でも努力する姿を、息子にしっかり見せていきたいと思っています。

 

――ありがとうございました。息子さんの成長にも期待しています!

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この記事を書いたレポーター
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元CMプランナー、現コピーライター。 愛媛出身、福岡育ち、大学は仙台と全国に故郷を持つ放浪人。 競馬が好きで、時々身の危険を感じるくらい金を使う。
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